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「金神七殺」方位の吉凶ー恵方祭祀と艮の金神

節分に食べる恵方巻きはずいぶん有名になったものである。恵方祭祀とは、家の中で「恵方」とされる方角に棚を作り、歳徳神を祀る習俗である。この習俗が強まったのは、鎌倉時代後期とされている。

歳徳神は、牛頭天王(ごずてんおう)の八王子の筆頭、薬師如来が本地仏とされ、星としては歳星(木星)に宛てられ、その年の十二支の方角にいて、その方角ー恵方ーの諸事の吉凶を司ると考えられた。

牛頭天王は、インド起源の神で、道教・陰陽道、仏教・神道と習合し、京都の八坂神社などで祀られている。この神は、疫神として信仰され、疫病退散・医薬品の神として信仰されている。

一方、方位の神として殺伐を好む恐るべき神として信仰されてきたのが、金気の精、太白の精とされる金神である。「金神七殺」といわれ、この方位を犯せば、家族七人が殺され、災いが隣家にまで及ぶとされ、金神のいるとされる方角には土木・造作・出行などは慎むものとされた。干支にかかわらず、凶方とされたのは「鬼門」と呼ばれた艮(うしとら)=東北=の方角である。平安京の遷都に際し、鬼門にあたる比叡山延暦寺を建て、祟りをさけようとしたといわれている。

ところが、この艮の金神なる神様、根っからの悪い神ではなさそうなのだ。

金光教の始祖赤沢文治は、「金光大神覚」の中で神からの啓示を書き記している。その中に次のような文言がある。

「金乃神様が言われた。『天照皇太神様、戌の年の氏子を私に下さい』。すると天照皇太神様は、『はい、あげましょう』と答えられた。金乃神様は私に向かって、『戌の年よ、金神がお前を貰ったから、下葉の氏子から金神の一乃弟子にするぞ』と仰せられた。(金神とは、艮の金神のことである。)
また、別の箇所では、こんなことも記されている。

「元治元年正月一日、神からお知らせがあった。『天地金乃神には、日本中に宮も社もないし、参る場所もない。二間四面の宮を建ててくれ。氏子の安全を守ってやる。天地金乃神には、お上はいない。・・・・』とも書かれている。艮の金神は守り神になったのである。この金神は、大本教にも現れている。

大本教の開祖出口なおに現われた神は、最初なおと次のような問答を行ったという。(「開祖の巻」)
活物「わしはうしとらの金神であるぞよ」
なお「そんな事言ふて、アンタは妾を瞞しなはるのやおまへんかい?」
活物「わしは神じゃから嘘は吐かぬワイ。わしの言ふ事、毛筋の幅の半分でも間違ふたら神は此世に居らんのじゃぞよ」
なお「そんな偉い神様どすかい。狐や狸が瞞してなはるねん御座へんかい」
活物「狐や狸で御座らぬぞ。この神は三千世界を建替建直しするかみぢゃぞ。三千世界一度に開く梅の花、艮(うしとら)之金神の世になったぞよ。この神でなければ世の建替はで出来ぬのぢゃ。天理、金光、黒住、妙霊先走り、とどめに艮(うしとら)之金神が現われて三千世界の大洗濯を致すのぢゃ。これからなかなか大謨(もう)なれど、三千世界を一つに丸めて万劫末代続く神国の世に致すぞよ。」
なお「そんな事言ふて本真どすかい?」

「艮(うしとら)の金神は、永らくの間悪神・祟り神と申して、三千年押し込められ、蔭から此世を潰さぬ様に苦労艱難悔し残念を堪(こば)りつめて来て、今度は時節参りて天の大神様の御命令で元の御用をさして戴く世になりたから・・・・。(「筆先」明治33年1月7日)」

此艮(うしとら)の金神と云ふ神は、昔余り力あり過ぎて、天地の教も背き、他の神様の御あいさつも聞かずして、艮(うしとら)へ押込まれた神でありたぞよ。少しの屋敷を戴きて、悪神祟り神に致したざど。・・・・・押込まれる折に、炒り豆に花咲きたら、此世へ御出ましと聞き置きたのざぞよ。(「筆先」明治33年2月20日)

我を通しすぎて失敗したのだと語っている。本当は、この世界を立て直すことのできるすごい力を持っているのじゃと語っているのである。

いったい何者なのかと推測してみると、太白星とは金星のこと、金神は星に例えると金星。西洋のユダヤ教・キリスト教では明けの明星、金星というと、堕落した天使長ルシファーを指す。三大天使長のひとりで知恵の天使長ルシファーを指す。我を通しすぎて使命を失敗し艮=東北=方向に押し込められた金神とは、天使長ルシファーなのかもしれない。だとしたら、ルシファー復権の時代を迎えているのかもしれない。

出口王仁三郎は、この艮の金神を日本の古事記に出てくる国常立尊であるとしている。国常立尊とは、神話の中で出てきてすぐに姿を隠す存在である。活躍しない存在である。そして、この神様は伊勢神道吉田神道では太極神として根源の神様とされているのである。