土地に刻まれた歴史、肉体に刻まれた人生の記録は消えることはない

 死の淵からこの世にもどってきた人の話によると、死を迎えたとき静かで安らかな感覚(怪我や病気で苦しんだ人も、この時点ですでに痛みを感じなくなっていることが多い)になり、肉体から抜け出して上から自分を見ている自分を発見するという。その後、今までの人生を早送りで振り返るという走馬灯体験をすると、多くの体験者が報告しています。

 「そんなことはあり得ない。死の後は無だ」と多くの人がお思いかもしれません。

 しかし、近年の物理学の研究から類推すると、死後も記録は残るということが物理学理論として間違いないとされてきているのです。

 物理学では、現在ブラックホールの研究が盛んにおこなわれています。光まで飲み込むといわれるブラックホールが光を放つ写真が世界に衝撃を与えたのは、2019年のことでした。光まで飲み込むブラックホールがなぜ光を発しているのか、不思議に思われた方も多いはずです。光はスティーヴン・ホーキング博士が、ブラックホール天体には熱的な放射がある予言していたホ―キング放射(輻射)を確かめたものでした。

 それだけでなく、ホーキング放射の理論的根拠となっているベッケンシュタイン・ホーキングの公式(*1)は、温度だけでなくエントロピーについても重大なことを示していました。

 ブラックホールとは、星が死を迎えたときの姿です。そのブラックホールの表面には、その星のかつての情報がすべて残っているというのです。ベッケンシュタイン・ホーキング理論を発展させ、ホログラフィー理論を研究して笠・高柳の公式を提唱している高柳 匡氏(京都大学基礎物理学研究所教授)は次のように語っています。

ブラックホールが普通の星が崩壊してできたと思うと、星の中にはいろいろな情報があります。たとえば粒子が何個あったとか、例えば動物が棲んでいたとか何でもいいのですが、そういう情報がブラックホールになってしまうと、なくなるわけではないのですが、外の人からすると見えなくなってしまう。そういう意味で『情報が隠れている』ということになります。

物理ではそういう抽象的な事を言わないで全部「量」に直します。そういった隠れた情報量、ミクロな情報量というのを我々は『エントロピー』と呼びます。そういう意味でブラックホールにはエントロピーがあると推測されるわけです。

しかも、そのエントロピーは、ブラックホールが3次元空間の物体であるにもかかわらず、その情報量は表面積に比例するという不思議な性質を持つのです。」(2019年仁科記念財団第65回定例講演会より)

 ここまでの記述で、皆さんは物理学上のエントロピーと情報エントロピーは全く別物であってありえないと思われると思います。

 1970年代、物理学者のヤコブ・ベッケンシュタイン氏は「ブラックホールの内側の情報は3次元の体積(かさ)ではなく2次元の表面(境界)にエンコードされている」という理論を発表しました。20年後、レオナルド・サスキンド氏とヘーラルト・トホーフト氏はその考えを宇宙全体に拡張し、それをホログラムになぞらえました。つまり、我々の3次元の宇宙はすべて、2次元の「ソースコード」から生まれてくるという考えを提唱したのです。

 エントロピーは、物質を構成する微視的要素が、与えられたエネルギーや体積の下で、何パターンの構成の仕方があるのか(何パターンの波動関数を取り得るか)を表す量です。

 ベッケンシュタイン・ホーキング公式を提唱したベッケンシュタイン氏は、2003年8月号のサイエンティフィック・アメリカンの記事"ホログラフィック宇宙の情報" (Information in the Holographic Universe) において、"熱力学的エントロピーとシャノン・エントロピーは概念的に等価である:ボルツマン・エントロピーによって数え上げられる配置の数は物質とエネルギーの任意の特定の配置を実現するのに必要なシャノン情報量を反映している…"、また、物理的世界は情報でできており、エネルギーと物質は副次的なものであると論じています。(ホログラフィック原理 - Wikipedia

 物理的世界は情報によりできており、熱力学上のエントロピーと情報エントロピーは同じ価値であるということになるのです。ちょうどアインシュタインが、相対性原理においてE=mc2の式によって質量とエネルギーの等価性を示したように。

 このような物理学の最新研究から二つのことが導かれます。

① 土地に刻まれた歴史(情報)はずっと残っている。もしその中に醜い歴史があるならば、それは消えるのではなく災いとなるかもしれない。こう考えると、産土神を祀ることを主眼としている神道には科学的根拠があることになります。また、地鎮祭という土地の厄を払う儀式も根拠があるものとなります。

② 第二に、人間の人生の記録は、肉体がなくなってもその情報は表面に残っていて消えないということになります。死後、人生の出来事がパノラマのように映し出されるということは根拠がある現象になります。さらに、物理学のエントロピー概念ではエントロピーはゼロにはなりません(エネルギー保存の法則により)。この原則から考えると、人間の人生の記録(情報)も死んで消えるということはないことになります。肉体がなくなったから次第に薄らいでいくという考えが一部にありますが、そうはならないはずです。仏教が教えたように、縁を結んだ内容は消えることなく巡り、因果応報を繰り返すということが正しいはずです。人生において、後ろめたい経験や人を傷つけて恨みを買ったことはすべて因縁として残ってしまいます。例外はありません。しかも、個人としてだけでなく、民族、国家などの人間集団としての行為も、因縁として刻み込まれ続いていっていると考えられるのです。

 

 情報は、物理学上のエネルギーと等価であり変換されるとなると、私たちの考えも根底から変えられるはずです。物質万能の観念から情報、意識のもつエネルギーに目を向けざるを得なくなっていくと思われます。また、身近な問題として、亡くなったときの情報、意識は、どこに向かうのか?どうなっていくのかが気になるところです。さらに、地球に刻まれた情報はどのようになっているかも気になるところです。少なくとも、今、物理学と精神世界、宗教は接点を持ちつつあるようだというのが私の感想です。

(*1)ベッケンシュタイン―ホーキングの公式

ブラックホールエントロピーSBHは、次の式で表される。

  
k:ボルツマン定数 A:ブラックホールの地平面の表面積4πR2 

p:プランク長