再臨主の降臨

 このブログは、「復帰原理が示す母系社会の復帰路程(日本の復活に向けて)」(未発表論文)の一部を公開したものです。パワーポイントで作成したもので醜いとは思いますが、イメージが崩れるのでそのまま掲載します。拡大してみてくだされば幸いです。

 「神さまは、“得心さして改心さす”と仰っている。“悪でこの世が続いていくかどうかということをみせてあげる”と仰っている。“渡るだけの橋は渡ってしまわねばミロクの世にならぬ”と仰っている。どうもそうらしい。」(出口日出麿)出口日出麿氏は、国常立尊の啓示を聞いてこのように語っています。渡るだけの橋をすべて渡るとは、どういうことでしょうか。間違った考え、思い、行い、それらが引き起こす対立と抗争、世界の破局・・・。誰もが改心するまで破局が繰り返され、人類は滅亡の危機に陥れられていくというのです。

 世界は、もう充分破局の極限まで来ているよ。そろそろ救いが来てもいいのではないかと思われていることでしょう。しかし、よく世界を見てください。ここまで終末になっても、一向に対立抗争をやめようとはしないではないですか。神を賛美しようとしないではないですか。人類同胞の苦しみに慈愛のまなざしを向けないではないですか。世界支配の覇権をやめようとはしないではないですか。殺戮することを戦争することを、そして人を虐げることをあたりまえのように是認しているではないですか。渡り切った橋の向こうには果たして未来の地球があるのでしょうか、首をかしげたくなります。

 王仁三郎は、「なんで戦争なんかがあるのでしょう」という信徒のある婦人の問いに、「みないばりたいからじゃ」と明快に答えています。私たちの心の中枢に「私」という観念が居座っていて、他人との対立を推し進めているではないですか。自分のなかの心が清く正しいかを見つめてみてください。聖パウロは、「ローマ人への手紙」(第7章19節~25節)のなかで心情を吐露しています。私の心のなかには善を願う心としたくない悪をしてしまう二つの心があって葛藤し、悪に翻弄されている自分を見る、と。これは、人類堕落ゆえにもたらされた罪であり、イエス・キリストによってしか償われないと語っています。

19私には良いことをしたいという願いがいつもあるのに、私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っている。
20 もし、欲しないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。
21 そこで、善をしようと欲しているわたしに、悪がはいり込んでいるという法則があるのを見る。

22 すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、

23 わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。

24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神に感謝します。

 私たち人間の心のなかに居座っている「私」という観念とそれが引き起こす対立抗争は、人間では解決できないものなのです。それゆえ、イエス・キリストの再臨が待望されてきたのです。キリスト教徒は、2000年の間イエス・キリストの再臨を待ち望んできました。人類が真に救われることが可能となるからです。イエス・キリストの再臨以降は、悪の時代が終わり神の千年王国時代が始まると予言されていました。そして、第二次世界大戦の終了という時代の恵沢の中で、再臨主の降臨時代を迎えたのです。

 再臨主とは、キリスト教において、イエス・キリストが世の終わりに再び地上に現れることを指し、そのキリストを「再臨の主」と呼ぶことに由来します。この再臨により、キリストは世を裁き、神の国を確立し、信者の救いを完成させるとされています。

 再臨主は、こうした背景のもとに降臨されるので、人類始祖が犯した罪-原罪-の清算の権能をもって降臨して、信徒たちに原罪清算の救いをもたらすことが第一の使命です。次に、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の各次元で、人類が犯してきた対立抗争の罪の修復方法の原型を示すことが第二の使命です。この二つの使命が果たせると、再臨主の使命は完遂することになります。これ以降は信徒たちの責任時代に入るのです。

 

近代神道という蕩減復帰(5)

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 出口なお出口王仁三郎に霊界から啓示を降ろしたのは、国常立尊(クニノトコタチノミコト)とされています。大本教における国常立尊は、「地上を統治する根源神」であり、乱れた世を正して「みろくの世」を建設することを使命とする神とされています。明治25年(1892年)、出口なお(開祖)に「艮の金神」の名で帰神(神が宿る)し、大本の開教のきっかけとなりました。大本では、国常立尊を筆頭とする神々を「大天主太神」として総称しており、宇宙の根本的な神として広く信仰されています。

 国常立尊は、日本神話においては天地開闢の際に最初に現れたとされ、国土の安定と永久の存続を象徴する根源神とされています。『古事記』では神世七代の第一代、『日本書紀』では天地開闢で現れた第一神として登場します。神名の「国之常立」は、文字通り「国土が永遠に続くこと」を意味し、国土の土台や安定を表すと解釈されています。

 国常立尊は、啓示の中で天地創成のはじめの時「我を通しすぎて失敗した神である」と述べ、天宙の法則から外れた選択をしてしまったといっています。選択を誤ったため、時空に波紋が広がってしまいました。艮の金神国常立尊)は、この地上を任せられていた神なので、この地上は調和に欠けた状態が広がったといいます。対立と争いという不調和が支配する世界が出現したのです。このため、永らくの間悪神・祟り神として三千年の間押し込められていたのですが、時節がめぐってきて天の神様の命令によって元返す(清算)機会を得たので、地上のゆかりのある人間に啓示を降ろして協助しているのだというのです。

 国常立尊の試みが地上の人類世界の対立抗争を終わりに導くものとなるか否かは、現在地上に生きている人類が受け入れるか否かにかかっています。しかし、出口王仁三郎が存命していた時代にはそれはかないませんでした。国常立尊の復活摂理は延長されているのです。

 

近代神道という蕩減復帰(4)

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 人類始祖の堕落と原罪をもった堕落人間という宗教上の教えと感覚は、ユダヤ教キリスト教という一神教社会、西洋の話であって、東洋・日本には関係のない話であると思われていると思います。日本の宗教・神話には人類始祖の堕落について単刀直入な記述はない(暗喩的な記述で示唆されている)し、本居宣長に代表されるように色情に寛大なのが日本の姿であるとまで思っています。日本人にとって、罪とは祓い清めることによって元に戻ることができるものです。原罪を有した堕落人間という感覚は皆無に等しいものです。

 しかし、王仁三郎は天啓を受けて、日本歴史のはじまりにも聖書の記述と同じように始祖の堕落(淫行)があった。「女神の天法違反の淫行による堕落で、神業は瓦解した」と語っているのです。古事記日本書紀を研究していくと、王仁三郎の言説は符合することが分かります。

 

近代神道という蕩減復帰(3)

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 現代では、宗教と政治は分離することが当然であるとされています。それは、正しいことではありません。宗教次元での選択と政治の選択は、見えない糸でつながっています。内的摂理(宗教)と外的摂理(政治)は相関性・連動性があるのです。これから述べる大本教の「ひな型の理論」はその一例です。

 

近代神道という蕩減復帰(2)

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近代神道という蕩減復帰(1)

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母系社会と性・血統(5)

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