共感の科学的基盤―ミラーニューロン

 ミラーニューロン(英: Mirror neuron)とは、霊長類などの高等動物の脳内で、自ら行動する時と、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で活動電位を発生させる神経細胞です。他の個体の行動を見て、まるで自身が同じ行動をとっているかのように"鏡"のような反応をすることから名付けられました。他人がしていることを見て、我がことのように感じる共感(エンパシー)能力を司っていると考えられています。(Wikipedia

 ミラーニューロンは、イタリアにあるパルマ大学のジャコモ・リッツォラッティらによって、1996年マカクザルのエサを取ろうとする際の神経細胞の活動を研究している際に発見されました。その後の研究で、サルの下前頭皮質と下頭頂皮質の約10%のニューロンが、この「鏡」の能力を持ち、自身の手の動きと観察した動きの両方で同様の反応を示すことが判明しました。(Wikipedia

 ミラーニューロンは運動分野の研究で発見されたものでしたが、その後、行動に伴う音を聞くだけや想像するだけでも反応することがオランダの神経科学者、クリスチャン・キーザーズ(Christian Keysers, 1973-)らによって発見されました。キーザーズらのグループは、運動に関するミラーニューロンシステムと同様のニューロンシステムが感情の領域にも、また体性感覚の領域にも存在する、このシステムを「シェアードサーキット」と名づけました。

 脳のミラーニューロン、そして、シェアードサーキットが発見されて、共感の神経基盤が与えられたことにより、共感は科学の世界で市民権を獲得し、盛んに議論されるようになってきています。

 人は、他者に関する情報を、運動であれ、感情であれ、体性感覚であれ、すべて「自分が同じ状態を経験するのに用いる脳領域を使って」理解するという方式を取っています。キーザーズは、これこそわれわれが行っている他者理解の原理であると述べています。

図1:ミラーニューロンの例

図2:コモン・マーモセットの側頭葉FST(半ミラーニューロン:他者の運動・意図にのみ反応する細胞)

神経結合を生体内で観察する生体内結合可視化技術を用いて、FSTの神経結合から前頭葉下部のミラーニューロンの位置を同定した概念図。自己の運動・意図のみに反応するニューロン前頭葉に存在すると考えられる。

プレスリリース詳細 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター (ncnp.go.jp)

 さらにシェアードサーキット上では、自己と他者が区別されず曖昧になっていることを指摘しておかなくてはならないと語っています。このことは、シェアードサーキット上で自他が融合しているとも、自他が不分明になっているとも、表現されます。キーザーズは、この自他の融合状態について、「人間の何パーセントが純粋にその人個人のものなのでしょうか。身体の技能のうちどれくらいがその人自身のものなのでしょうか」と、問いを投げかけ、その理由を、「相手が何かするところを見た瞬間に、その人の動作は自分のものになってしまうからです。相手が苦しんでいるのを見た瞬間に、自分もそれを共有します。これらの動作や痛みは相手のものでしょうか。それとも自分のものでしょうか。人と人の境界はこれらのシステムの神経活動を通じて曖昧になっています。相手のほんの一部が自分になり、自分のほんの一部も相手になるのです」と述べています。このようにして、シェアードサーキットは、他者理解の神経基盤となり、共感の神経基盤ともなっているといいます。

 共感は、進化的に獲得された能力であり、ヒト以外の動物おいても見ることができます。「もし、あなたの共感性の得点が非常に高かったなら、あなたは他者の行動に対する脳のミラーニューロンの働きが非常に強いのではないかと推測するかもしれません。得点が低かったなら、その逆を推測するでしょう。まさにその通りのことを私たちは発見しました」とキーザーズは語っています。

 この共感から他者の援助へと進展するには、さらにもう一段階のステップが必要のようです。 フランスのドゥ・ヴァールは、「心的ミラーリングと心的分離」が必要だと指摘しています。 「心的ミラーリング」によって他者の感情は自分自身の感情となるが、その上に 「心的分離」 、つまり、他者の状態から自分自身の状態を切り離し、自分の感情の出所を突き止めることができなければ、他者を助けることはできないといっています。哺乳類の利他行動に関連して、 慰めをもたらす体の触れ合いが重要であり、それが深まると「真の気遣い」 (true concern)が可能になり、 「対象に合わせた援助」 (targeted helping)ができるようになると語っています。

 精神医学者の村井俊哉氏も、 「腹内側前頭前皮質の重要な働きの一つに、他人の痛みや苦しみを感じる力との関係が知られています。そこで、他者の苦悩への共感という感情を通じて、腹内側前頭前皮質は、利他的な行動へと人を導いているのではないか」と述べています。

 動物進化の立場から、「一個の遺伝子の生存確率がその遺伝子が含まれている個体の生存率とその個体が属する集団の生存率に依存する」という「階層淘汰論」 (multilevel selection)を 主張しているアメリカの哲学者エリオット・ソバー(Elliott Sober, 1948-)と生物学者デイヴィド・スローン・ウィルソン(David Sloan Wilson, 1949-)は、 「利他主義が存在しない集団よりも、利他主義が存在する集団のほうが多くの集団的利益を上げる傾向が高くなり、かつ、集団淘汰が多くの集団的利益を上げる傾向が高くなり、かつ、集団淘汰が存在する状況下では、後者のようなより多くの集団的利益を上げる傾向が強い集団のほうが生き残り、そうでない前者のような集団は淘汰されてしまう傾向が高くなる」として、 「進化論的利他主義の起源の少なくとも一つは階層淘汰に含まれる「集団淘汰」である」と述べています。

 共感共助の家族、社会を構築しない限り民族の未来はないのではないでしょうか。

文献:立木教夫「ミラーニューロン・共感・利他」41312dde4397e1f15e7311eeaf681aa0.pdf (moralogy.jp)