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霊界で四大聖人・聖賢の方々がセミナーを開いているそうだ。 霊界からのメッセージ(3)【孔子、孟子、荀子】

霊界で四大聖人(イエス、釈迦、孔子、ムハマンド)と聖賢(アウグスティヌス、ルター、ソクラテスなど)の方々がセミナーを開いているそうである。セミナーの主題は「神様は人類の父母」であり、地上に降臨された文鮮明先生が解明された『原理講論』を分析、討論しているのだという。セミナーに参加した聖賢たちが霊界から地上にメッセージを送ってきている。5回に分けて四大聖人・聖賢の方々の霊界からのメッセージを伝えてみたい。

メッセージの出典は、統一教会の教材【「平和神経 平和メッセージ1~17」光言社2015版 の中の付録霊界報告書「神様は人類の父母」】である。統一教会の教材であるから当然文鮮明氏を讃えているものであるが、このメッセージが本物かどうかは皆様自身に検討していただきたい。

なお、上記教材の中には、3人の他10人の儒教の聖賢の方々のメッセージが収録されている。

冉伯牛、子路、司馬遷、王弼、陶淵明朱子マテオ・リッチ〔利瑪寶〕、李栗谷、安重根、石井周庵)

 

孔子様のメッセージ]

 人間は、肉身をもって地上で生きるとき、目に見える現実の状況を踏まえて規範生活をします。それゆえ人間は、地上の限られた範囲の中で見聞きし、感じるほかはないでしょう。ですから今、地上の人々に、私たち四大聖人と聖賢たちがセミナーを通して決意した内容を、詳しく告げたとしても、目には見えないので、生々しく感じられないことでしょう。
 しかし、ここの四大聖人と聖賢たちは、地上で生活するとき、たとえメシヤでなくとも、個人的な快楽と家庭の安楽な生活を捨て、誰にも負けないほど人類の救いのために悩んだものと自負します。私たちは、人生自体の意味を強調しながら、人類が正しく善良に生きていくよう真理を宣布しました。そうした聖人、聖賢たちが共にセミナーを開いたのです。
 肉身は脱いだとしても、地上人が残した教友と信徒たちを自分の体のように考え、より正しい道に導くために、本当に努力し、骨を折る中で、こうしたセミナーを共に開いたのです。既に言及しましたが、天の国、ここではイエス様もお釈迦様もみな、この上なく和睦しています。イエス様が仏教徒に御自身を紹介され、「一堂に集まり、礼拝を捧げ、仏に供養もしましょう。そして、各自が抱いている信仰の根本について話しましょう」とおっしゃいました。お釈迦様は、仏教徒の集まりではなく、キリスト教徒の集いで、深くお辞儀されて、「皆さんにごあいさつできる機会を頂き、ありがとうございます」と謙遜な姿で話され、共に和解することを提案されると、一部からはざわめきの声すら上がりました。しかし、この時イエス様が「兄弟姉妹の皆さん! 私たちはみな、神様の子女であり、今こそ兄弟姉妹として、神様にむつまじい姿を見せるべき時です」と慈愛に満ちた姿で話されると、雰囲気が厳かなものに変わりました。この時、神様が静かな光でぐるぐると回られて、天地が明るい光に変わると、一同は恍惚(こうこつ)となり、驚きを禁じ得ませんでした。
 私たちのセミナーの期間中、神様は、とりわけ多くの配慮をされました。今後、こうした集いが続いていくものと信じます。そして、私たち四大聖人と聖賢たちが頻繁に集うことで、宗教の派閥がなくなるはずであり、互いの真理の門も解放されるものと考えます。
 儒教徒の皆さん! 孔子が何を話せば信じるでしょうか。全世界には人種も多く、宗派も多く、国ごとに文化的な差異も少なくなく、その風習もそれぞれが異なります。しかし、変わることのないたった一つの共通点は、人間としての姿です。黒人、黄色人、白人がもっている共通点は、人間としての姿です。白人、黒人、黄色人などの区分なしに、病院に行けば医師は、彼らに同一の治療方法を用います。人間の構造が同一であるからです。もちろん、治療の程度は違うとしてもです。これは何を意味するのでしょうか。それは、人類の主人が、唯一、創造主お一人だという事実を意味します。創造主は、正に神様であられます。神様が人類の父母様です。私たちは、父母様に侍って生きれば、それで万事が意のままになるのです。
 ところが、なぜこんなに複雑なのでしょうか。人類の始まりが誤り、様々な宗教が分かれて出てきたからです。それゆえ、もろもろの宗教を一つに統一するために、神様が地上に文鮮明先生を遣(つか)わされたのです。その師は、「すべての宗教の教理は、間違っているわけではないので、みな一つになろう」という真理を掲げられました。私、孔子は、各宗教が自分だけに固執して正しいと主張するため、今日の人類の現実がこのように複雑であると考えます。それゆえ、少しずつ譲歩し、他宗教の教えも包容する姿勢が切実に求められる時であると考えます。地上でいくら雑多に騒いだとしても、この天上世界の宗教の代表たちは、一つになりました。何によって一つになったのでしょうか。一つの真理を中心として一つになったのです。私たちはみな、神様を父母として侍って生きようと堅く決意しました。地上の儒教徒の皆さんは、どうしますか。皆さんも一つの真理を中心として、一つになるべきでしょう。
 仏教徒の皆さん! あなた方の最高の師、お釈迦様が、神様を人類の父母としてお迎えしました。そして神様は、皆さんの最高の弥勒仏になることでしょう。地上の皆さんは、私心を離れ、この無形世界で過ごすことになる皆さん自身の姿を、点検しながら生活してください。人類は一つであり、一民族であり、一血族です。唯一なる神様に仕えるため、その法度を教えるため、神様は文鮮明先生を皆さんに遣(つか)わされました。八十歳の御高齢の身でもあるにもかかわらず、人類解放のために、そのお方が今、何をされているか確認してごらんなさい。
 地上の皆さん! 皆さんがとどまる所、永遠なる居場所は天上です。地上は、瞬間的な生の訓練所にすぎません。結実期には、混じり物のない穀類だけが倉庫に入っていきます。皆さんは、成熟した生を備えなければなりません。
 儒教徒の皆さん! 最近のイエス様のメッセージ、お釈迦様のメッセージ、私、孔子のメッセージ、その他の聖賢たちのメッセージを参考にして、賢明に判断し、皆さんの態度をはっきりするようにお願いします。
 (二〇〇一年四月七日)

 

孟子(前392[372]~前294[289]。戦国時代中期の人。善の性稟(せいひん)の根源は天であると教え、性善説を主張)のメッセージ
「統一原理」の出現は人類の希望です

 孔子様の教えとその思想に魅了された私、孟子は、人間の生の基盤、根本は孔子様の思想であると規定し、ひたすらそれだけに陶酔してきました。ところが、こちらで、文鮮明先生の平和思想である「統一原理」と「統一思想」を通して、神様による人間の創造と救援、神様の摂理などを新しく悟るようになりました。「統一原理」の内容は、感動的、感激的であり、衝撃的でした。
 孟子は、「人間の善の性稟(せいひん)が人間救済の道である」と常に考えてきたのですが、「統一原理」がそれを具体的に明らかにしてくれました。それは、本当に感嘆すべき内容です。「統一原理」と比較すれば、孔子様の思想は限りなく部分的なものにすぎませんが、決して間違ったものではありませんでした。また、神様は全人類の父母だという事実も、孔子様の教えと大きく外れたものではないと思います。「統一原理」と「統一思想」は、すべての宗教と思想の障壁を崩し、人類を平和世界へ導く唯一の教えだと思います。「統一原理」セミナーに参加して新しい真理を悟り、感慨無量です。
 そして、復帰摂理における時代的な中心人物が、その当時の責任を遂行することができなかった時の神様の心情は、孟子の胸を非常に痛めました。孔子様の思想は部分的なものでしたが、外れた教えではなかったことに感謝いたします。今回、「統一原理」と「統一思想」に新しく接することによって、学問に対する情熱がより一層高められました。孟子は、このような情熱をもって、「統一原理」と「統一思想」を深く研究し、分析したいと思います。
 神様から新しい真理の教示を受けられた文鮮明先生を大変尊敬し、また「統一原理」と「統一思想」の偉大性に感嘆と感激を禁じ得ません。「統一原理」の出現は、人類の希望です。新しい希望と喜悦がとめどもなくわきあがってきます。
 すべてのことに感謝しながら、孟子も、新しい真理に対する情熱を見せようと思います。儒教の根本の教えが、神様の教えと大きく外れたものではなかったことに感謝します。「統一原理」と「統一思想」が人類の主流思想となることを願います。
 孟子(二〇〇二年一月十六日)

 

荀子(前340~前245。趙の国の人。性悪説を主張。社会の混乱の原因は人間の責任)のメッセージ
「統一原理」によって儒学が完成することを


 「統一原理」と「統一思想」は、特別な論理展開によって構成された人類の改革思想です。「統一原理」と「統一思想」は、とても偉大であり、とても明白であり、とても組織的であり、体系的であって、そしてとても創造的で希望的です。
 「統一思想」をはじめとする「統一原理」の論理展開は、あたかも人生の公式や数学の公式と同じです。したがって、政治、経済、教育、思想、宗教、文学芸術など、人類のあらゆる領域の指導者たちは、「統一思想」を中心として一つになるべきです。これが、私、荀子の確固不動の展望です。それは、「統一原理」と「統一思想」が、人間生活において一部分ではなく全分野を網羅し、根本的基準を扱っているからです。講師たちが「『統一原理』は神様の教示である」と紹介しましたが、私は、その表現に全面的に同意します。人間の頭脳を通しては、このように幅広く多様な側面を体系的に明らかにすることはできません。「統一原理」は、人類の普遍的な特性と共通性を具体的に明らかにし、人類を正しい方向に導いています。「統一原理」のどの部分でも、それを研究、分析すれば、それは間違いなくノーベル賞の主題になって余りあるものです。荀子は、「統一原理」に対して、ただただ偉大で、驚くべきものだという表現しかできません。
 そして、「神様は人類の父母だ」という教えも、間違いのない事実です。文鮮明先生が成約時代の人類の真の父母様であられるということも、間違いのない事実です。キリスト教的な表現である「イエス様以後の時代に責任をもった再臨のメシヤである」という表現も、論理的、摂理的に検証された事実です。荀子は、この点に対して全く異議を提起しません。
 私たち儒家が「統一原理」と「統一思想」を徹底的に研究、分析し、儒家思想と結びつけることを積極的に推奨します。そのようにすれば、儒家思想は、より一層次元の高い知性人の思想として格上げされるでしょう。神様を人類の父母として侍る平和思想は、民族と人種を超越した理念です。荀子は、儒家に、「統一原理」を積極的に受け入れることを推奨しようと思います。
 しかし、地上儒家が天上から伝えるこのような荀子の願いをどのように信じ、受け入れるのかが心配です。地上の儒家たちよ、どうぞ荀子の懇請に顔を背けることがないようお願いします。「統一原理」には、奇跡的な思想的・学問的内容が内在しているので、地上の皆さんは、これを研究、分析し、儒学を完成してくれるよう、重ね重ねお願いします。このことができなければ、皆さんは、この時代に後れた落伍者となってしまうでしょう。地上の皆さんが成約時代の真の父母様の真理である「統一原理」と「統一思想」のすべての内容を受け入れ、積極的に研究することを願います。
 荀子(二〇〇二年一月十六日)