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宗教はなぜ儀式と浄財を重んじるのか?(1)

誰もが神社に参拝する時、神に祈りを捧げる時、供え物をする。神が本当に聞いていると思っている人はわずかかもしれないが、そのように行う。供え物は、自分の心の正直な証というつもりであるのだろう。私の本当の気持ち、願いが参拝と供え物という形になって表われているのだ。神の前では人は皆敬虔である。

このためであろうか、供え物は貴重なもの、清らかなものでなければならないというのが古来宗教の教えて来たことである。神に豊穣の感謝の祈りを捧げる時は、もっともよくできた初穂を捧げるのが鉄則である。心のこもったものを供えないと、神に受け取ってもらえないという恐れを感じるからであろう。

アニミズムシャーマニズムという土着宗教だけではない。旧約聖書に出てくる最初の供え物は、アダムとイヴの息子カインとアベルの供え物である。地を耕す者となったカインは、地の産物を、羊を飼う者となったアベルは群れのういごと肥えたものを供えた。人類は、神につながるためには供え物が必要であるということを創世記の時代から感じていたのである。

 

(1) 宗教が教えて来た浄財の姿

 

1-1、仏陀の最初の在家(一般人)への説教
仏陀の最初の在家への説教は、ベナレスの富豪の息子、人生に煩悶し懊悩していた青年ヤサに説教したのが最初であるとされている。「青年よ。ここに来るがよい。うとましさを脱した安らかな境地を教えてあげよう」と呼びかけられた。
釈尊は、順を追って説法された。
施論ーまず説かれたのが、他者への施し、布施についてである。布施は慈善とは違う。慈善は、他人のためにする行為であるが、布施は自分のためにする行為である。仏教は、自分の大切なものを人にもらっていただく。そうすることによって自分の気持ちが安まるから、お布施をさせていただくのである。「相手がありがとうというべきだ」という考え方は、相手を乞食扱いしている。布施の功徳を積むことによって、心が浄らかになる。正しく世界を見られるようになる。(ほんとうにそうである。)
戒論―次に基本的な戒として五戒を説いている。五戒は、命令ではない。a,不殺生戒、b,不妄語戒、c,不偸盗戒(ふちゅうとうかい)、d,不邪淫戒、e,,不飲酒戒(ふおんじゅかい)。このような善い習慣を身につけようという意味である。そして、戒を犯したとき、素直に自分の過ちを反省して謝罪する(懺悔―さんげと読む)。自分の弱さを自覚してそれを懺悔するのが仏教者の生き方である。
生天論―因果応報の思想
わたしたちが布施の功徳を積み、そして戒を守って行くならば、わたしたちは必ず来世において天界に生まれることができる。逆に、わたしたちが布施の功徳を積まず、破戒をしながらなんの反省もなく、悪事を積み上げるならば、来世は必ず地獄に堕ちるという教えである。輪廻転生を信じたインド人は、未来における果報を「天に生まれる」と表現した。
この布施・戒・因果応報の三論がわかってはじめて仏教に入っていくことができるといわれた。

(ブログ2012年5月13日「 仏教のミニ知識1-釈尊の教え」)

布施・戒・因果応報の三つは密接に結びついているのである。(出家は、身施にあたる。)


1-2、空海弘法大師)の行った社会事業宗教的背景

空海弘法大師)は、多くの社会事業を行ったことでも知られている。香川県に残る満濃池は、周囲20キロに及び、この巨大な池の修築工事は空海の数ある業績の中でも、確かな史実として伝えられる代表的なものである。
空海は、なぜ多くの社会事業を行ったのか。その理由は、古代の勧進にあった。宗教者の衣食住、布教・法会・儀礼などの宗教行為、ついでその場となる寺院や堂塔、そこに収まる仏像並びに経典はすべて勧進によって集められた資縁(集められた金品)にかかっている。

古代、聖の勧進は、信者団体を結成して因果応報からくる悪果を説いてそれを免れる滅罪のための宗教的作善と社会的作善を行うという形ではじめられた。死後滅罪の一番良いのは、社会に奉仕することだと考えられていた。行基は、罪滅ぼしの奉仕をしなさいと言っている。社会事業のために橋を架けたり、道を造ったり用水を引いたりしたのではなく、そうすることによって行った人自身の罪も滅び、亡くなった人の罪も滅びるという理由である。

行基は、たびたび「罪福の因果を説く」と述べている。行基は、古代呪術と唱導巧みによって数千の人を集めたといわれる。四十九院といわれる多数の寺や道路・橋・溝・造船などの社会事業を行った。朝廷からは度々弾圧や禁圧されたが、民衆の圧倒的な支持を得てその力を結集して逆境を跳ね返した。その実績を認められ、後に大僧正(最高位である大僧正の位は行基が日本で最初)として、聖武天皇により奈良の大仏東大寺)造立の実質上の責任者として招聘された。古代の社会事業の背景にも浄財の思想は息づいていたのである。

 

1-3、アブラハムのイサク燔祭

 供え物・燔祭といえば、忘れてならないのがアブラハムのイサク燔祭である。この燔祭は、神がアブラハムの信仰を認め、アブラハムがユダヤ教イスラム教キリスト教の祖としてその起点となる重要な供え物である。信仰の勝利は、子々孫々の繁栄を約束されるということにつながることになる。ひとり子を捧げるという不合理極まりない決断をしなければならなかったアブラハムの真情を神は見ておられたのである。

このように信仰による供え物は、不合理で人間には理解できないことが多い。合理的な思考になれた人から見れば、馬鹿げたものに違いないだろう。しかし、そこに神が存在するとすれば、答えは自ずから変わるのではないか。その場面を聖書から抜き出してみよう。

 「アブラハムよ」神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。

アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。

イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」と。

彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。

そして、アブラハムを祝福して言われた。

「わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、わたしはあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである」。(創世記22-1~19)

 

神は何をアブラハムに願ったのだろうか。モルモン書(モルモン教の経典)が答えている。人間が神と和解することを願ったのである。

アブラハムイサクささげようしたことは、神(かみ)神(かみ)独(ひと)り子(ご)相(そう)似(じ)あった。人(ひと)贖罪(しょくざい)通(つう)じて神(かみ)和(わ)解(かい)しなければならない。(モルモン書ヤコブ諸第4章)