「易経」が教える循環と苦難への対処(2)

竹村亞希子さんは、現代は「追い剥ぎに遭う時」山地剥の時代だといわれています。まさしくひとつの時代が終わろうとしています。このような時代には、時代を追いかけるのではなく、達観・内省して向かうべき未来、次の時代を見通すことが大切になります。このような姿勢を謙虚に持ち続けていると、どこかに次の時代の兆しが見出せるはずです。これが「陰」の時代の姿勢なのです。

易経』は、次のように説いています。陰の時代「塞がっている。進もうとしても進めない。希望がない」時代には、どのように歩めばいいのか。『繋辞伝』に、「戸を闔(とざ)すこれを坤と謂い、戸を闢(ひら)くこれを乾と謂い、一闔一闢(いっこういっぺき)、これを変と謂う」

ものごとは、扉が開いたり閉じたりするように、ある時は開き、ある時は閉じる。終わりなく開閉がくりかえされてすべてのものごとは発展していく。扉が開いて通じる時は外に出て積極的に活動し、閉じて塞がるときは活動のエネルギーを充電するために休息するのです。

 

(2)「陰」の時代、「坤為地」の教え f:id:higurasi101:20151124190931p:plainf:id:higurasi101:20151124190931p:plain

「陽の時代」の生き方を教えるのが、天の働きを説く「乾為天」ですが、「陰の時代」の生き方を説いているのが、地の働きを説いている「坤為地」です。「坤為地」は、卦の卦象がすべて陰の爻でできた「純陰の卦」です。陰の代名詞、大地は、母なる大地として天のパワーを虚心に深く受け容れ、その中から新たなものを生じさせ、地上の万物を生み育てていきます。これが、「陰」の時代の特質です。

この卦は、「したがい、受け容れる時」をあらわす卦とされるのです。受け容れて従順に従うことで力を発揮する時なのです。「陰」の道は、妻の道、臣下の道といわれ、従順な牝馬のように大地の働きにならって柔順に受け容れてしたがっていくならば、ものごとは正しく健やかに大きく循環して通じていくとされています。

 

卦辞坤は、元(おお)いに亨る。牝馬の貞に利(よ)ろし。

君子は往くところあるに、先んずれば迷い、後るれば主を得。西南には朋を得、東北には朋を喪うに利ろし。貞に安んずれば吉なり。

彖(たん)に曰く、至れるかな坤元、万物資(と)りて生ず。すなわち順(したが)いて天を承(う)く。坤は厚くして物を載せ、徳は无彊(むきょう)に合し、含弘光大にして、品物ことごとく亨る。牝馬は地の類、地を行くこと彊(かぎり)なし。柔順利貞は、君子の行うところなり。先んずれば迷いて道を失い、後(おく)るれば順(したが)いて常を得。西南には朋を得とは、すなわち類と行けばなり。東北には朋を喪うとは、すなわち終(つい)慶びあるなり。貞に安んずるの吉は、地の彊(かぎり)なきに応ずるなり。

象に曰く、地勢は坤なり。君子をもって徳を厚くして物を載す。

 

<最初の「坤は、元いに亨る。牝馬の貞に利ろし」は、易経64卦の卦辞にあたる一文で、最古に書かれた言葉です(そのほかの文章は、後に書き加えられた解説です)。乾為天の卦辞「乾は、元いに亨りて貞しきに利ろし」と比べると、牝馬の部分をのぞいて他は同じ卦辞となっています。陰の時代は、大地主導の時代であり、天の宜しきを得て、天地が交わってものごとが進んでいく時なのです。

牝馬」は、繊細でわがままで牡馬に比べ扱いにくいといわれています。しかし、一度人を信頼して馴れたならば100%の力を発揮して働きます。このことから、天の働きを徹底して受け容れてしたがう大地の働きに例えて牝馬が登場しているのです。

「先んずれば迷い、後るれば主を得」-閉塞した時は無理に何かをしようとしても、天の時も地の利も整っていないので迷うだけだと教えています。淡々と泰然自若に現実を受け容れて、逆境にさえしたがっていく、貫き通すことが大切だというのです。先走れば迷うだけで、あせらず後からついていきながら力を蓄えることが大切だというのです。

「西南には朋を得、東北には朋を喪うに利ろし」-「西南」は、太陽が進行する方向という意味で、気楽で親しみやすい人とは朋になるが、「東北」は太陽の進行と逆行する方向という意味で、慣れない親しめない方との関係に苦労するということです。気楽でない方向にしたがうとは旧来のものの考え方を忘れるぐらいの気持ちが必要で大変であるが、その苦労を乗り越えると開けてくるのです。

「東北に朋を喪うとは、すなわち終に慶びあるなり」―したがうということがしっかりできたなら、立場に変わりはなくても、ついには「あなたがいなければやっていけない」といわれるほど、なくてはならない存在になるということです。

「至れるかな坤元、万物資(と)りて生ず」とは、大地の徳はなんとすばらしいのだろう。すべてのものはここから生まれるということです。大地は雨がどれだけ降ろうが嵐が来ようが、美しいもの、みにくいものを選ばず、いやがらず、一切合切を受け容れます。限りなく受け容れて、したがい、生み育てることは、発するだけの陽にはできません。つまり、それが陰の強みなのです。地層が積み重なるように、土壌に栄養が蓄えられ、あらゆるものごとを生み出し育て形にしていくのです。

陰は陽によって動き方が変わるともいいます。陰は、何でも受け容れるので、清濁あわせのむので、善だけでなく悪をも育ててしまうことになります。このため、爻の初爻の「霜を履みて堅氷至る」という説明は、重要な戒めを説いています。秋の深まった朝、庭先に降りた霜はやがて厚く堅い氷に育っていくという意味なのですが、悪が育っていく兆しを見逃してはいけないという戒めの有名な言葉です。「少しくらい大丈夫だろう」と悪習を積み重ねていけばやがて身動きのとれない大きな災いに至ると言っているのです。悪事を早い段階で厳しく戒めないと、悪に染まってしまうのです。

陰の時代に重要なことは、陰は陽に正されないと方向転換ができないということを忘れてはいけません。陰の時代は、悪にそまらず、正しいものにしたがうこと、自分のことだけ考えて私利私欲に走らないことが重要なのです。悪に染まってしまえば、大変な時代になるでしょう。その上に立って、「大人を見るに利ろし」といって、「自ら陰徳を生み出しなさい。さもないと亢龍になる」と教えています。陰の時代は、未来を見据えて自分自身の土壌づくりをする時代なのです。

 

(3)苦しみに遭遇した時の教え「坎為水(かんいすい)」 f:id:higurasi101:20151124191108p:plainf:id:higurasi101:20151124191108p:plain

重病を患う、災害に見舞われる、大切な人をなくすなど人生に一度あるかないような苦しみに陥った時の教えを説いているのが、「坎為水(かんいすい)」の卦です。64卦の中でも大きな苦難をあらわす「坎為水」<四大難卦のひとつ>は、昔から多くの賢人に愛読されてきました。「坎為水」の卦名の下の「習坎」は、「苦しみに習う」という意味で、特別に別名として「習坎」と呼ばれていす。

 

卦辞習坎(坎為水)は、孚(まこと)あり。これ心亨る。行けば尚(たっと)ばるることあり。

彖(たん)に曰く、習坎は、重険なり。水は流れて盈(み)たず、険を行きてその信を失わざるなり。

これ心亨るとは、すなわち剛中なるをもってなり。行けば尚ばるることありとは、往きて功あるなり。

天険は升るべからざるなり。地険は山川丘陵なり。王公は険を設けて、もってその国を守る。険の時用大いなるかな。

彖(たん)に曰く、水洊(しき)りに至るは習坎なり。君子もって徳行を常にし、教事を習う。

<卦名の「坎為水」の水は苦しみをあらわし、坎は土が欠けると書いて穴を意味します。水が次々に押し寄せてくる。苦しみに次ぐ苦しみ、どん底を経験する時をあらわしています。「習坎」とは、苦しみを重ねることによって多くを学ぶということです。

苦しみの時は、心をしっかり持ってその時を通っていくのだよ、と教えています。苦しみの時を通っていくには、水の性質に習うことです。水は柔らかい性質をもち、丸い容器に入れたら丸くなり、流れるところがあれば、障害物にぶつかってもとめどなく流れていく。苦しい時には立ち止まらず、生きるために必要最低限のことをやって、ほんの少しずつ進んでいくのが大切だと説いているのです。絶対に苦しみから逃げてはいけません。「孚(まこと)」とは、誠心誠意の真心、信じる心という意味です。「心亨る」とは、苦しみから逃げずにいることで、真心と信念が虚しく苦しい時を貫いていく、ということをいっています。

天は高く昇ることができない険しさをもっています。地には険しい山と川があります。王は険しい城壁、堀などを築いて国を守ります。「時用」とは、できれば経験したくない時ですが、時としっかり向かい合うことで、この苦難の効用は大きくなります。そして大きな苦難を乗り越えた経験は、その後の人生を支え、より充実させるものとなるでしょう。君子は次々と押し寄せる苦しみに教えを乞うほどに習い、人生の教示を学ぶのです。>

苦しみの時は自分から逃れられません。だから勇気をもって自分から飛び込むくらいの覚悟を持った方がいいのです。「身を捨てて浮かぶ瀬あり」の覚悟が必要なのです。苦しいから逃げたいと考えたり、運が悪いと嘆いたり、人や世間のせいにしても解決になりません。逃げ出すことは諦めて、苦しみの中で水のように自然体で泳いでいくのです。煩悩や観念というものは打ち捨てて、今を生きるのです。そうしていると、苦しみの中に光明を見出すことができると説いているのです。

(参考文献;竹村亞希子著「超訳易経 自分らしく生きるためのヒント」角川SSC新書