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古代、仏教が大衆に期待された役割は、死者の鎮魂滅罪であった。

古代の神、先祖崇拝の神においては、神は人間を慈しむ存在ではなかった。祟りを引き起こす恐ろしい神であった。篤く祀らないと、何が起こるかわからない存在であった。亡くなった死者の霊魂も、危害を加えかねない恐ろしい存在だった。「モガリ」の風習は、霊魂を封じ込め危害を加えないようにする呪いであった(死後すぐの霊魂は、凶癘魂(きようれいこん)と呼ばれて畏れられた)。そこに仏教が伝来した。

《古代ー仏教に期待された役割》

仏教が伝来した時、仏は「蕃神(あだしくにのかみ)」(日本書紀)と呼ばれ、外国の神として理解されていた。最初の出家者が女性(善信尼・禅蔵尼・恵善尼)であったのも神に仕える巫女と同じようにとらえていたためだと考えられている。この仏教がどのようにして日本に定着したのか、そこには仏教の柔軟な姿勢があった。

古代において尊重された経典の一つに「法華経」がある。国分尼寺が「法華滅罪の寺」と呼ばれていたように法華経が注目されたのは、諸法実相でも久遠実成ではなく、滅罪の機能だった。また、古代においては多数の薬師如来像が造立されている。薬師如来は、治病の仏であるが、奈良時代には薬師悔過の本尊として用いられ、心身の清浄をもたらす仏として信仰を集めた。薬師悔過とは、薬師仏を本尊として行われる修法であり、過去に犯した罪を懺悔し、仏の力によってそれを滅してもらうことに主眼が置かれていた。このほか観音菩薩や吉祥天への信仰も期待が込められていた(長岡龍作2006)という。

念仏も、死者の生前犯した罪と穢れを滅して、死後の煉獄の苦を救う滅罪と鎮魂の呪術として広まっていく。疾病と干ばつ、水害等の凶作の原因は、凶癘魂(きようれいこん)によるものと考えられていたので、凶癘魂を鎮める鎮魂呪術として大念仏が行われた。踊念仏や六斎念仏など芸能化した念仏も鎮魂を目的とした念仏である。死者の滅罪鎮魂を業として念仏をよむ三昧聖もいた。空也は、曠野古原に死骸があれば油を注いでこれを焼き、そこに阿弥陀仏名をとどめたとあるのは滅罪念仏であった(「空也誄」)。

法華八講も法華三昧堂も滅罪のためであり、この信仰は必然的に苦行による滅罪・贖罪と結んで法華経を自誦して山林苦行と回国を行う持経聖ができていく。妙法経塚や一字一石経塚、法華会も亡き魂の鎮魂祭儀である。密教呪法の尊勝陀羅尼、光明真言、滅罪真言、破地獄真言、随求陀羅尼などもみな滅罪信仰である。

新たに伝えられた仏教の滅罪と清浄の論理は伝統的な荒ぶる死霊の浄化方法と二重写しでとらえられることになったのではないか。仏教は、生前死後を問わない従来のモガリなどより有効で速やかな魂浄化方法として受け止められた(佐藤弘夫)。また、生前から仏教の力で罪を払い落とし、死後に浄化の完了した魂のあるものはやがて別の身体を得て復活するという「輪廻転生と七世の父母」の観念も広く受容された(石田一良1974)。仏教の輪廻転生論は、古代人がイメージした生まれ変わり=魂のサイクルの理念に適合して受け入れられたと考えられるのである。

そしてこの庶民の願いにこたえて盛んに治病・除災・招福のための原始呪術を行ったのが聖集団だった。行基にしたがう聖集団は、天平元(729)年、異端・幻術・まじない・呪詛などの原始呪術をしながら仏教の教化を行った。「僧尼令」(701)の第二条では、吉凶の卜占・禁厭(まじない)・託宣(巫術)による治病を禁止したが、原始呪術を禁じたのであって、密教、とくに雑密の陀羅尼をもって病を救うことは咎めなかった。行基は、朝廷が定め仏教の民衆への布教活動を禁じた時代に、禁を破り畿内(近畿)を中心に民衆や豪族層など問わず広く仏法の教えを説き人々より篤く崇敬された。また、道場や寺院を多く建立しただけでなく、溜池15窪、溝と堀9筋、架橋6所を、困窮者のための布施屋9ヶ所等の設立など数々の社会事業を各地で成し遂げた。朝廷からは度々弾圧や禁圧されたが、民衆の圧倒的な支持を得てその力を結集して逆境を跳ね返した。その後、大僧正(最高位である大僧正の位は行基が日本で最初)として聖武天皇により奈良の大仏東大寺など)建立の実質上の責任者として招聘された。
【僧尼令:其の仏法に依りて、呪を持し疾を救へらば、禁ずる限りにあらず】

行基は、死者の滅罪のためには「罪滅ぼしの奉仕をしなさい」と言っている。死者の一番いい滅罪は社会に奉仕することだと考えていた。社会事業のために橋をかけたり、道を造ったり、用水を造ったのではない。そうすることで、あなた自身の罪も滅びるし、亡くなった人の罪も滅びると説いたのである。これ以降、日本に仏教が根付いたのだから死者の鎮魂滅罪に効果があったのである。

仏教は、世界各地どこに行ってもその地の神々と融合して浸透する。日本の場合、死者の霊魂の鎮魂浄化というところに受容の接点があった。仏教を葬式仏教といって揶揄する人がいるが、もともと霊魂の浄化に関心があったのだから葬式仏教になったのは必然である。

(参考文献1:佐藤弘夫著「死者のゆくえ」岩田書院 2008)
(参考文献2:五来 重著「高野聖角川選書 1975)