エンゲージド・ブッディズム(人間仏教)と慈済基金会

東日本大震災の海外からの援助の中で、台湾から多大な援助を受けたことは、多くの日本人が鮮明に覚えており大変感謝している。その台湾からの援助で、慈済基金会という宗教団体が85億円を超える援助を行っていたことはほとんど知られていない。一民間団体としては、突出した援助額である。実は、この団体は東南アジアの華僑を中心に大変活発に活動を行っている宗教団体である。

天理大学のおやさと研究所の金子昭教授が「東日本大震災における台湾・仏教慈済基金会の救援活動」という報告をされているので、まず救援の内容の概略を記すことにする。

この報告によると、3月14日には救援物資として防寒毛布5000枚などの大量の物資を東京に届けた。その後、炊き出しの実施、救援物資の直接配布、街頭募金の実施、義援金の直接配布(日本では例がない)などを行った。支給額も、単身世帯では3万円、2~3人世帯では5万円、4人以上の世帯では7万円であった。岩手日報8月31日号によれば、東北の被災三県内の約17万世帯に計85億円が支給されているという。海外の民間団体の義援金では群を抜いているという。岩手日報8月26日号によると、釜石市とスクールバスの運行経費と給食経費1億5460万円を支援する協定を結んだという。
その慈済基金会の活動も、日本にあっては一般社会の宗教離れ・宗教忌避の風潮の中で、台湾本土や華僑が経済力を持っている東南アジア諸国のようには活動を浸透できていない。ただ、慈済基金会の運営については一部に批判もあることも付け加えておく。

http://ir.library.osaka-u.ac.jp/metadb/up/LIBRSC01/rsc01_02-073.pdf

慈済基金会は、1966年印順の弟子の尼僧、釋証厳(1937~現在、台湾のマザーテレサと呼ばれている)によって慈善団体として設立された。証厳は、キリスト教の修道女と意見交換した時、キリスト教では社会奉仕活動をしているが、仏教ではどうかと問われ、個人の修練に身を置き、団体で活動することが余りないことに気づき震撼した。このことがきっかけで慈済基金会を設立する。彼女と30人ほどの人々(多くは主婦であった)が、貧しい家庭を救うための基金に対して、毎日、0.5新台湾ドルを寄付することを誓ったのである。彼女は信者に竹筒を渡し、毎日買い物代金から5毛銭を喜捨するよう求めた。月に1度にしないのは、日々善行をする心を育てるためであった。最初の年、約435新台湾ドルを恵まれない人々に分配した。今日(2005年)、分配金は6800万米ドルに達し、世界各地に約500万人の会員(多くは台湾に居住)を擁しているという。

慈済基金会の社会活動は、慈善・医療・教育・文化を中心とするものであり、台風や洪水、地震などの災害活動に力を入れている。

慈済基金会のルーツは、中国の太虚大師の人間仏教運動(エンゲージド・ブッディズム)に始まる。エンゲージド・ブッディズムと呼ばれている人間仏教運動【創始者太虚大師(1890~1947)は、人生仏教と呼んだ】は、現在アジアや西洋で急速に広まっている。彼は、寺院の外、病院や孤児院や学校などにおいて仏教徒が社会活動を行うことの必要性を強調した。彼の計画は、中国では実現されなかったが、今日アジアや西洋で急速に広まっている。ワーレン・ライは、次のように述べている。

仏教を寺院から現代の世界へと連れ出したのは、ほかならぬ大虚大師であった。また、この世で働くことに身を捧げるという大乗精神を復活させたのも、仏教徒の注意を現代の社会問題に向かわせたのも、当時、中国が直面していた国家的な危機の中で、僧侶を含む仏教徒たちに対して、国防に積極的に関与すべきことを説いたのも太虚大師であった。

大虚の弟子である印順は、台湾に移住して、「大乗菩薩の精神にしたがって、今、ここに生きていることに改めて取り組み直す」ことを説いた。今日、中国文化圏で急速に発展しつつある台湾の「慈済基金会」に大きな示唆を与えた。

エンゲージド・ブッディズム(人間仏教)の活動には、あきらかにキリスト教の慈善活動の影響がある。しかし、同時に大乗の菩薩の請願や「空」は「無」ではないという龍樹(ナーガールジュナ)の主張、「雑踏に出没して救いの手を差しのべる(入廛垂手〈ニッテンスイシュ〉)という中国的な菩薩の理想像、「日常の心こそ道である(平常心是道)」(馬祖)の言葉等を継承した中国的仏教の実践である。(ジョセフ・A・アドラー著「中国の宗教」より)

中国で生まれた現代仏教運動が、中国が共産化した際台湾に逃れ、台湾を本拠地にして発展しているのである。その主要な団体が、台湾に本部を置く「慈済基金会」である。

慈済基金会本部 http://www.tzuchi.org/

慈済基金会日本支部 http://tw.tzuchi.org/jp/